飲食店女社長のブログ

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品川区立武蔵小山創業支援センターの起業セミナーに登壇するぞ。

久ふりの更新です。毎回ですけど。  

 

最近、FMしながわさんに3回出演させていただいたりして浮き足だっている石渡です。

 

実は、今度は2021年5月29日に、武蔵小山の創業支援センター様主催の起業セミナーに登壇させていただくことになりました!

 

Webセミナーでカメラに向かって1時間30分お話しするんですが、90分って結構な長さです。 話す自分はいいとして、聞いている方がしんどいかもしれません。

 

話すテーマは「飲食業女性起業家の本音~ぶれずに続けるコツ~」

 

受講している方がしんどくなって、途中でぶれて洗濯物取り込みに行っちゃったりしないように、 資料作りをそっちのけに人気YouTuberの飲食店経営の番組を研究しています。

 

話し方も内容も。

 

パクってはいけない、パクってはいけない・・・。

 

先日メルマガが創業支援センター様から届き、その内容がこちら☟

 

新緑も眩しい爽やかな季節になりましたね。 5月の風に運ばれて、29日(土)の“耳よりサロンVol.81「飲食業女性起業家の本音~ぶれずに続けるコツ~」”には、武蔵小山で人気のあの“イタリアンオステリア「レオンビアンコ」”と“アイリッシュパブ「シェイマスオハラ」”のオーナー、株式会社Anthill(アントヒル)代表 石渡彩恵さんにご登場いただきます。

 

厳しいといわれる飲食業で2007年に1店舗目をオープンして以来14年、数店舗を切り盛りされる石渡代表に起業家としての本音や続けるコツをお話しいただきます。

 

これからカフェや飲食業を開業される方、飲食業やサービス業を始めて2~3年の方にも興味深い内容です。

 

今回は【スペシャル耳よりサロン】ということで男女参加可!となっています。 お待たせしました!男性の方も参加していただけますよ。オンライン配信ですが人数限定ですので、お申し込みはお早めにお願いします。

 

■【スペシャル耳よりサロン★男女参加可!】 耳よりサロンVol.81 「飲食業女性起業家の本音~ぶれずに続けるコツ~」 オンライン配信 無料! https://musashikoyama-sc.jp/seminar/?id=1444 5月29日(土)14:00~15:45

 

【講師】石渡 彩恵(いしわたりさえ) 株式会社Anthill(アントヒル) 代表取締役 ▼お申込みはこちら https://musashikoyama-sc.jp/login/

 

『武蔵小山で人気のあの~』!!!!

 

『人気のあの~』!!!

 

読んだ方が『あ~、あの、あれか。。。』ってなってたらショック、と勝手にネガティブモードに入りましたが、 無料なので、少しでもこれから飲食店で起業しようとしている方々に有益な情報がお届けできればと思っております。

 

ご興味ある方はぜひのぞきに来てください!

 

必要に駆られて、ついにプロフィール写真撮っちゃった。

 

 

#女性起業家 #起業セミナー #無料 #女性経営者 #飲食店経営者  

武蔵小山オリジナルビール、リニューアル

武蔵小山オリジナルビールが昨年10月から半年間製造をストップしていました。

工場を新設するためで、この度、羽田イノベーションシティの羽田ブリューイング様でリニューアル製造する事になりました。

2月5日に仕込んだタンクから今週樽詰めをします。
その前に3月5日に味見をしてきました。

今回は、副材料として「あれ」が入っていて、フードロス軽減にも貢献しています。
さて、なんでしょう??
ラベルの原材料をチェックしてみてくださいね😙

最初は超スタンダードエールで、ゴールデンエールですが、軽め、苦味少なめです。色も黄色に近い。
悪く言えば、特徴がない、でも、良く言えば何杯でもくいくい飲める!仕上がりになっています。

 

これには意図がありまして、まず第一弾は軽めに作り、これから皆様の意見を聞きながら徐々に姿を変えていく、みんなで作りあげる変幻自在の地ビールにしていきたいのです。
一つ味が決まったら、それをメインにして、別のタイプのビールを季節ごとに増やすのもありだな、と思っています。

そして‼️なんとなんと、次回の仕込みは恵比寿の名店、「賛否両論」武蔵小山出身の笠原シェフに監修していただくことになりました!

3月19日に羽田イノベーションシティのブリュワリーで瓶詰めのセレモニーを開催するのですが、その際に笠原シェフに立ち会っていただき、次回の味決めをする予定です。

武蔵小山一番麦酒、という名前でしたが、生産量の問題でビールとは呼べないため、「武蔵小山一番麦酒」から【武蔵小山一番エール】と名前が変わります。

おりしも新型コロナウィルスの渦中で苦労されている武蔵小山の皆さまに「エール」を送りましょう!

店長がソムリエの資格を取った!!!

コロナ渦に、嬉しい報告が!

12月に店長がソムリエ試験に合格しました💮👏
忙しく毎日片道2時間かけて武蔵小山まで通勤している間にも、コツコツ勉強して掴み取った合格です。

レオンビアンコのワインは店長植田がセレクトしています。
(名前をなんとなくぼかしてみました)

そして、1月下旬にもう一つ嬉しいニュース😃

覆面調査の結果、サッポロ黒ラベルをパーフェクトな状態で提供するお店に認定されました‼️

そうでなきゃおかしいんです。
なにせ、オーナーの私と店長植田はサッポロライオンの出身。
ビヤホールでバリバリサッポロ黒ラベルを注いでいたのです🍺

というわけで、自信を持って美味しいワインとビールをご提供いたしますよ!!

#wine #winebar #jsaソムリエ認定証 #jsaソムリエ #ソムリエのいるお店 #ワイン好きな人と繋がりたい #ワインバル #フリウリヴェネツィアジューリア #フリウリワイン #パーフェクト黒ラベル認定店 #パーフェクト黒ラベル #武蔵小山 #レオンビアンコ #leonbianco


武蔵小山 寺子屋小山台での学び

2月20日、半年間参加していた大人の学習の場、「寺子屋小山台」の最終講義が終わりました。

寺子屋小山台は武蔵小山の小山台高校の教育財団が開催する無料の講義です。

塾長の福川伸次先生は元通産省事務次官であったり、元大平内閣総理大臣の秘書官であったりと大変な経歴をお持ちの方で、先日まで日経新聞の「私の履歴書」に連載をされておりました。

他の講師の方々も錚々たる経歴の持ち主でしたが、皆さんに共通することは、目線を私たちに合わせ、決して驕らない腰の低い方々でした。

全6回の講義では、
・自分が源泉という考え方
・リーダーシップ論
・日本の政治
・SDGsと国際貢献
・中国から見た日本、米中関係
・名画鑑賞を通したリーダーとしての伝え方
・これからの日本
を学び、最後に最終発表の場がありました。

事前に課題があり、その後講義、講義後に講師の方へのお礼状を提出するサイクルで、一つの事柄についてじっくりと考える機会がない最近では大変貴重な時間でした。

私が講義を通じて学んだことは
人間は自分がどう生きるかを選択できる。
その選択ができる環境を創出すること。
自分にとって正しい選択をしていくための教育。

ジェンダーギャップや女性の活躍、夫婦別姓、これからの日本の立ち位置、どう生きるか、どうありたいかetc…

選択肢がなければ、自分の生き方に行き詰まりを感じる時があるかもしれない。

だから、ありとあらゆる選択肢を用意して、型にはめずに自分らしい生き方ができる日本になったら良いな、そのために自分は何ができるかな。

福川先生が、坂本龍馬の言葉を引用して、「これからも共に学び、「日本を洗濯」する令和維新の先頭に立って欲しい」とおっしゃっていた事が印象に残ります。

自分には何ができるのか…

生涯の課題が持てました。

武蔵小山のフリウリ「レオンビアンコ」の歴史

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1900年代初頭のレオンビアンコ


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2016年上の写真と同じ角度で撮影

 産業革命の波が打ち寄せ、社会が大きく変革した1900 年ころのイタリア。

ワインづくりや養蚕の拠点として、フリウリ=ヴェネチア・ジュリア州のコル
モンスは繁栄の絶頂期を迎えていました。

ルノアールの絵画に描かれた人々のように、ドレスを着た豪華な装いの人々が行き交う大通りで、レオンビアンコは街でも有数の規模を誇るホテルとして開業します。

メインエントランスの他に、広い中庭に続く馬車口を備えた、3 階建ての大きなホテルでした。
コルモンスはまた、ヨーロッパの動乱の歴史とともに歩んだ軍事的要衝でした。第三次イタリア独立戦争の結果、ヴェネツィアやフリウリのイタリアへの帰属が認められましたが、その戦争はこの街で結ばれた休戦協定によって終結を迎えています。

大きな2つの対戦

やがて時代は二つの大戦へと向かうことになり、コルモンスの商業都市としての姿は、徐々に失われていきます。
盛んだった養蚕が、日本からの絹の流入や蚕の病気により衰退していく一方で、街には従軍した多くの若者が暮らし、街の様子は一変。

ムッソリーニもこのレオンビアンコの屋根に上り、双眼鏡を使ってスロベニアを視察したと伝えられています。
早くから電話を備えていたレオンビアンコには、故郷の家族や恋人と話そうと、若い兵士たちが次々にやってきます。

ホテルはやがてバーに姿を変え、彼らの間ではこんな言い回しが。
──「 さぁレオンビアンコに口を濯ぎにいこう。」

それは街へおいしいワインを飲みに行こう、という意味。日ごろの緊張から解き放たれようと集まる若者で、レオンビアンコは連夜の賑わいを見せました。

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 しかし二度の大戦を経て土地は荒れ果て、ワイン産業は壊滅。軍は近代化やユーゴスラビアの解体により、
かつてのような駐屯兵力を必要としなくなります。
さらには1970 年代までに、養蚕および製糸産業が蚕ウイルスの蔓延によって終焉。
コルモンスはその活力の多くを削がれることになりました。

100年の歴史に幕を閉じる

1999 年に幕を閉じるまで、4 世代にわたって受け継がれたレオンビアンコも、そうしたコルモンスの歩みと運命をともにしたのです。
それでも地域の人々の心に宿した思いは絶えることはありませんでした。地元のアマチュアサッカーリーグで強豪チームとして名を馳せ、30 年そのクラブの活動が続くチームも、レオンビアンコの名を冠しているほか、特に現在のコルモンス経済を牽引する世代の誰もが、青春時代を謳歌したバー・レオンビアンコでの思い出とともに生きています。

スローライフやアグリツーリズムの需要が高まりをみせる中、コルモンスは新しい世代が生み出すゆたかなワインとともに、その自然や食が、世界中から再び注目を浴び始めています。

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オリジナルのワインのエチケット(左)/クラブチームのロゴ(右)

時を経て東京に復活

 時を同じくして、レオンビアンコもこの東京で、ひと時の眠りから目覚めました。そして東京の多くのお客様に与えていただいた新しい活力を元手に、ついには、かつてコルモンスでも実際に振舞った数々のワインを東京にまで呼び寄せ、このブログを読んでくださったみなさまが主人公の、新しい物語へ踏み出そうと、大きくつま先を振り上げています。

ワイナリー1 ブジネッリ(Buzzinelli)

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ブジネッリ BUZZINELLI について


1942年、初代のポルダとジジ夫婦の献身的な努 力 に よ っ て 、ブ ド ウ 栽 培 と ワ イ ン 醸 造 が 始 め ら れ ま した。

ジジ は接木の先生として活躍しており、ま たとても味 の 分 かる人でした 。

 当 時 家 族 は 彼らと 、 彼らの息子カルロ、ジジ jr.で構成されていて、息 子 た ち は 成 長 ととも に 、父 の 尊 敬 す べ き 仕 事 を 引 き継ぐために、彼らが生まれたこの土地で暮らした そ の 経 験 と 、知 識 と を 適 切 に 結 び つ け て 仕 事 を し ていきました。

 

 ポ ル ダ と ジ ジ の 孫 で あ る マ ウ リ ツ ィ オ は 、チ ヴィ ダ ー レ の 農 業 専 門 学 校 で エ ノ ロ ゴ( 醸 造 師 )の 課 程 を 修 了 し 、父 ジ ジ j r . の 他 界 後 、そ の 情 熱 の 火 を 引き継いでいます。

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マウリツィオ.ブジネッリ

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2019年2月に現地視察に行った時の様子

現地視察に行きました

 2019年2月、ワインインポーター、株式会社ヴィノアトランテの澤雅人氏、レオンビアンコ店長の植田毅彦、私と私の母、妹、娘のルチアでフリウリヴェネツィアジュリア州はコルモンスのワイナリーへ行きました。

(家族旅行かはたまた現地視察なのかという疑問はさておき)

 

わずか数日の滞在でしたが、ワイナリーの一つ、ブジネッリには他のワイナリーでもそうであるようにB&Bが併設されており、そこに泊まらせていただきました。

朝からクッキーやドーナツ、パンにたっぷりのプロシュートがテーブルに並びます。


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そして、滞在最終日は朝ごはんの食卓からすぐに横にあるカンティーナで試飲です。

まさにワイン好きには天国!

いつかレオンビアンコ コルモンスツアーを開催して皆さんにここにご案内したい!

と夢を抱いたのでした…

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─ ワイナリー巡りメモより [ブジネッリについて]
 1 9 3 7 年 に ス ロ ベ ニ ア か ら こ の 地 へ 。6 0 年 代 に ワ イ ン 作 り を は じめる。

80 年代になりスパークリングを開始。

事業の成功に ともない1990 年代に段階的に増築。現在は 12 万本の生産 能力、30ha の栽培面積を有する。葡萄の圧搾は 4 気圧と標 準的。

フリウラーノについて、どんな食べ物にも合わせてい けるよう味作りをしている。白ワインはどんな場面にも使える のが良い。(マウリツィオ談。おそらくフリウラーノがテーブル ワインであることを前提に)マウリツィオにいわせると、ブジ ネリでつくるソーヴィニョンは Sambuco(サンブーコ)という 花の香りがする。

メルローについてはアパッシメントを行う。 原 重 量 の 7 0 % ま で 乾 燥 を 進 め る 。農 業 に つ い て 、特 別 な 農 業 で は な い 。た だ 、こ と 7 月 以 降 に つ い て は 、ほ ぼ 手 を 加 え ない。果皮や樹表の防衛力も強くなり、手がかからなくなる。 また雨が多くなるため、葡萄は清潔に保たれ、同時に、人が 手を入れても雨に流され意味を成さなくなる。

レオンビアンコのワインへのこだわり

レオンビアンコは白ワインと北イタリアのお料理が自慢です。

Leon Bianco はもともとイタリア北東部のスロヴェニアオーストリアの国境にある、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のコルモンスという小さな町にありました。

かつてのLeon Biancoはもうなくなってしまいましたが、その周りにある親しい友人のワイナリーからここ、東京のレオンビアンコのお客様に美味しいワインをお届けしています。

フリウリヴェネツィアジュリア州はソムリエ界や、ワイン通の間では「白ワインの聖地」として有名です。

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フリウリ=ヴェネティア・ジュリア州はここ

これからたびたび、レオンビアンコのワインのラインナップを土地や歴史的背景とともにご紹介していきます。

今日はその第1弾!

フリウリヴェネツィアジュリア州コルモンスに行ってみた

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ワイナリーの畑の中のスロヴェニアとイタリアの国境に立つ店長、植田。
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 イタリア北東部の片田舎であるコルモンスの農家のワインはそのほとんどが商業的に大量生産されるものではなく、基本的には自分たちで消費したり、近所の人々がテーブルワインとして買い求めるものです。 

 ワイナリーの子供たちが、家の中やお庭でボールを追いかけてキャーキャーと走り回る姿や、来客があると自家製のプロシュートやチーズをドンッとテーブルに置き、ご自慢のワインを開けて客人にふるまう姿などを見ると、彼らにとってのワイン造りというものが仕事というよりもむしろ生活、人生の一部なのだと感じられます。

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ぶどうとともに育った子供達と共に。レンツォスグヴィンのワイナリーにて。

 昨今有機ワインやビオワインの人気が高まるマーケットの影響もあり、3年前まではみんな有機やバイオダイナミックを名乗っていましたが、名乗るには免許が必要となり状況は様変わりしたそうです。しかし、コルモンスのワインは、呼び名にかかわらず従来から自然農法で作られてきました。

 なぜなら愛する家族や友人が日常的に口にするものであり、子供たちの遊び場がブドウ畑だから、必然的に余計な農薬などは使わないのです。

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遠く離れたところにいるワインの飲み手である私たちも、隣の畑が収穫した安心安全な野菜を夕飯のおかずとしておすそ分けしてもらうような、そんな感覚で気負わずに安心してワインを手にしていいのだと思います。 

ワイン造りが家族、友人たち、ワインを口に含むすべての人々への愛をも表現していることに深く共感し、彼らを尊敬します。 

2年前からわたし達は日本ではこれまで飲むことのできなかったフリウリのコルモンスのワインを皆様にお届けしてきました。

  これからも、ぜひ、造り手のワインへの愛情に思いをはせながら当店のワインをお楽しみください。

 次回はワイナリーを個々にご紹介していきまーす!

ターキーを丸焼きするぜ!Part2~焼き入れ編~

ブライン液に一晩漬けた後

さて、前回ターキーを焼くためにブライン液につける過程を書きました。

クリスマスまであと3日と迫り、早くその先を知らせろと思った方もいるかもしれません(←思い上がり)。

20日にアイルランド人7名の団体様に無事ターキーを提供できてほっと一息ついたところです。

彼らは毎年毎年オハラでクリスマスターキーを食べるのが習慣になっていて、どのくらいたったのかしら?と話していたら、「俺が日本に来たのが2008年だからぁ、かれこれ10年か!ほぼ毎年参加してるよ」。

10年!

この10年の間に移転もあったりしたけど変わらず伝統としてターキーを食べてくれるんです。

10年の間に、彼らも結婚したり、子供が生まれたり。今年も、一回アイルランドに帰ったけどつまらないと日本に帰って来たジョンが、「結婚して来年3月に子供が産まれるんだ」なんて嬉しい報告を聞いたり。

こういう風に、お店という媒体を通して長年かけてお互いを知って、お互いの身に起きたことを自分に起きたことの様に共に喜んだり悲しんだりする関係性を築いていくことが、私がお店をやっている目的だったんだなあと年末にしみじみ感じます。

お客様というくくりなのか友達というくくりなのか。
以前、仲良くなったオランダ人のクリスを他の人に紹介するときに「オハラのお客さん」と紹介して、「お~、お~、俺はしょせんお客さんだよ。友達だと思ってたのに。」と言われたことがあった。 

この辺まで来ると、お互いの存在がそれぞれの生活の懐にまで入り込むようになってきて、「いち飲食店」「いちお客様」という存在価値でなくなってきて、第3者に説明するときにどう呼ぼうか適切な言葉に惑うようになる。
私は自分のお店が「いち飲食店」という垣根を越えて、多くの人に「いちお客様」ではなくて「大事な友人」になってもらいたいと思っている・・・

すみません、ターキーの話します。

さて、話がだいぶそれました。それすぎです。

本題!

さて、ブライン液から取り出したあと、胸肉であれ、ホールターキーであれ、一度よく水洗いをします。

そして、水気をよ~く拭き取ります。

拭いてる様子。

中に詰め物をするかしないかの議論がよくされてますが、私はスタッフィングしません。じつは。

これについては私のバイブルブログに記載があります。このブログがなければ私もターキー焼けなかった、神ブログ。筆者の方にお礼を言いたい。

“Cooking Lover’s Kitchen” ターキーを焼こう!

もはやこのリンクを貼った時点でこのブログの意味をなさなくなるんでは?!

まあ、いいや。

代わりにオレンジやローズマリーを詰めます。

ココットの液体は溶かしバターとオリーブオイル、1:1

これをお尻の穴から詰めます。スタッフィングしてた時代は「えい!えい!」って言いながら詰めてましたけど、もう詰め物少ないのでするっと入ります。

そして、あんよを交差して縛り上げます。去年そのまま焼いたら焼きあがったときに腕が(手羽?)が小林幸子ばりに大きく広がってしまったので、脇も締めます。

次に、丸々ボデーに溶かしバターとオリーブオイルを1:1で混ぜたものを全体に塗り込みます。

わきの下や足もエステティシャンになった気分で塗り込みます。

さあ、準備は整いました!

オーブンの網の上にターキーを置いて行ってらっしゃい!!!

後光が差しています。

下にはコンソメ液をいれたバットを引いて、コンソメ液の蒸発した蒸気が七面鳥を蒸す効果、肉汁が下に落ちてグレービーになる効果を狙います。

今回は

220度で30分焼いた後、170度に落として2時間焼きました。

最近のターキーにはありがたいことに「ポップアップタイマー」なるものがあらかじめ刺さってて、完全に焼けたら赤いぽっちがポンと浮いてくるようになってるので、「焼けてんの?焼けてないの?温度計持ってないんだけど。」という悩みを一気に解消してくれます。

途中、バスティングといって、下に落ちたバットの中のコンソメ+肉汁を全体に回しかけて乾燥を防ぎます。と同時に焼き上がりはパリっとなります。

スポイトとかないのでスプーンで。45分に1回くらいかけました。

コンソメは煮詰まるし、ターキーにあんまり味がついてもいけないんで薄~く作ったほうがいいですよ。

ちなみに昨日カナダ人のお客さんが毎年ターキーを丸焼きにすると言っていて、ターキー丸焼き談議に花が咲いた。彼はバスティング用の巨大注射器を持っていて、液体を吸い上げては肉に直接刺して注入するらしい!!

当然のことながらやるたびに肉は汁を吸って膨れていくわけで、14ポンドの肉はどんどん大きくなっていくと言う。なんて贅沢な・・・。家に14ポンドのターキーを焼けるオーブンがある事もすごい。ギリギリサイズと言ってたけど。

さて!!!!

焼きあがりましたよ~~~~~!

見よ、このおいしそうな焼き加減!!!!テンションマックス!!

提供するときは紐をとって中に詰めたものもとってくださいね。

胸肉を焼く

さて、同時に胸肉を焼くパターンもご紹介。

ブラインした胸肉も、よく洗って水気をふき取ります。

中に乾燥させたクルトンとハーブ、グレービーで作ったスタッフィングを詰めて、巻き寿司のように巻いていきます。

そして、タコ糸で縛ります。

こちらにもしっかりとバター+オリーブオイルを塗りこみ…

ホールターキーと共に行ってらっしゃーい!

 右が胸肉

これは焼き時間170度で40分くらいです。

困ったことにポップアップタイマーないので、途中鉄串をさして、しばらく置き、抜いて串を唇に当てて温度を見る、熱々だったら火傷するじゃないか!という方法で体を張って温度を確認します。

丸焼きにしろ、胸肉にしろ、焼き色が付きすぎたらアルミホイルをかぶせて焼くといいですよ。この時は丸焼きの腹にくっつかないように注意してくださいね~。

では、次回はサーブ編。

余談に体力を奪われた感は否めません。

 

 

 

 

クリスマスに向けてターキーを丸焼きするぜ!

ブログ更新半年ぶり

 確か今年の春の目標は、「ブログを頻繁にアップする。」ことだったような・・・。

気づけば12月。前回のブログ更新はなんと半年前。

目標というものはもっと具体的にせねばいかん。来年の前半の目標は「ブログを1か月に1回アップする!!」

後半は「2週間に1回!」

皆様、人間の弱さ、いや私の意志の弱さがどのあたりで露呈してくるのか、こうご期待。

いやいや、今回のテーマはそんな抱負なんかじゃなくて。これだ!

ターキー丸焼き備忘録

毎年12月はクリスマス向けにターキーを焼いています。

ブレストターキーも丸焼きも両方やるんだけれども、毎回仕込み方を確認してからやっています。

いつもレシピを起こさないからいけないんです。

そこで今日は皆様にターキーの作り方をお披露目!という大義名分のもとの備忘録です。

さて、まずは下ごしらえ編。ちなみに今日は下ごしらえ編で終わりです。

ターキーをブライン液に一晩漬ける

まずはこちらのターキー。10ポンド―12ポンドのもので今回は5.37kgです。こちらには当たりはずれがあって、10~12ポンド(lb)、1ポンド=0.453…kg。

つまり、約4.5㎏~5.46㎏までの幅があるわけで、同じ値段ということはいかに12ポンドに近いターキーが手元に届くかが勝負の分かれ目(?)。今回は5.37㎏ということで、やりました。最大値に近い!既に得した気分です。

スーパーで買うときはここに気を付けてくださいね。「5-6ポンド(3~4人前)」などと書いてある意味は、最小値なら3人前、最大値なら4人前っていうことです。いかに最大値を選ぶか!!ポイントです。

冷蔵庫で2晩かけて解凍しました。

さて、袋を破り、プリンと出てきたターキー。中はすでに空洞になっています。

首はすでにもぎ取られ、首のあったであろう所の穴には袋詰めにされた内臓が入っています。

そして、反対側の穴、つまりお尻の穴にはこれが入っています。

首!ドアップにしすぎてなんだかわからなくなってしまった!

最初は『お尻の穴に手を入れて首を取り出す』という言葉にするととてもえげつない行為をなかなか出来ずにいましたが、今は余裕です。

中に入っていたのはこんな感じ

右が、レバー、ハツ、砂肝。(やっぱり焼鳥に例えますね)真ん中は首!一番左は成形されたターキー胸肉で、今回はこれも一緒に仕込みます。

そろそろブライン液の話を・・・

そう、ブライン液。ここでやっと登場します。

ブライン液とは

ブライン液とは、水、塩、砂糖でつくる液体のことで、肉を漬け込むときに使用すると、塩が肉の表面をコーティングする役目を、砂糖が肉のもつ水分を閉じ込めてくれる役目を果たします。

そのレシピたるや星の数ほど。インターネットをひも解くとたくさんありすぎてどれを選んだらいいかわからない。

そこで、いろいろなレシピを試して、行き着いた結論が、「たいていレシピ通りにやると味が付きすぎて取り返しがつかなくなる。」ということ。多分浸ける時間とか絶妙なタイミングがあるのでしょう。漬けすぎちゃったのかも。

私なりにレシピを改良して編み出したブライン液はこちら。

ターキー胸肉 850gバージョン

水  1L
塩  30g
砂糖 20g
ここまでは必須。

あとはお好みですが風味をつけるために今回入れたのは
オールスパイス 小さじ2
ベイリーフ 2枚
セロリの葉
クローブの実 5粒(肉に刺してもいいかも)

これで一晩冷蔵庫に置きます。

ホールターキー10-12ポンドバージョン

水 3L
塩 85g
砂糖 60g
オールスパイス 大さじ1
ベイリーフ 5枚
セロリの葉
クローブの実 10粒
スライスしたオレンジ1/2個分

袋を2重にしてターキーさんを寝かせて

ブライン液をよく混ぜ合わせて

セロリの葉を入れておしゃれします。一気に回りが華やかに~

最後に袋の口をしっかりと閉じて冷蔵庫で一晩漬けこみます。

冷蔵庫に入れる際に「柔らかくな~れ~、おいしくな~れ~」と声掛けを励行してください。

胸肉の仕込み

 

こちら、前述した850gのターキー胸肉。

一緒に働いていた福ちゃんに数年前に「この胸肉を観音開きにして」と言ったところ、「観音開き????」と不思議がったので、インターネットの画像検索で観音開きを調べ、送りました。

これが観音開きだ

すぐさま理解した彼女は、やってくれました。

これが観音開きだ!

そんな彼女も、今じゃ焼肉屋さんに転職して牛タンを2分以下で捌けるっていうんだから、成長力とはすごいものです。

さて観音開きにした後は

ぶすぶすと外の皮のほうに包丁で穴をあけ、表の開いたほうは包丁で切り筋を入れて、液をしみやすくします。

今回はホールターキーと共に同時にブライン。

柔らかくな~れ~、美味しくな~れ~

では次回は焼き入れ編です!お楽しみに!

こうなるよ~